本来であれば、このような事態は起こり得ない。米国債金利の方が銀行間金利であるLiborよりも高いということは、「国の信用力が銀行のそれよりも劣っている」と解釈できてしまうからだ。
仮にこのような状態になったとしても、通常であれば、銀行がLiborベースで資金を借りて米国債に投資すれば必ず儲かるはずだ。このような投資行動が多数の銀行から取られる結果、スワップスプレッドが縮まっていくはずなのだが、その状態が放置されているのだ。
この原因はさまざま考えられるし、はっきりと特定することは難しいが、国債保有に対する規制上のコスト増はその一因と見て良いだろう。金融機関がバランスシートを拡大することに対するコストは規制によって年々増加する一方だ。金融機関が米国債の保有を減らしていることは想像に難くない。業者の国債保有ポジションがネットでマイナスということも報道されている。
規制による流動性枯渇は以前より懸念されていた。スワップスプレッドのマイナスという現象は、それが形になって出てきつつあるということかもしれない。一般的に流動性の枯渇は激しい相場変動を引き起こすとされている。債券市場において今後乱高下が発生するのか、また、今後規制当局はどのような対応を見せるのか、注目だろう。
そんななかで、もう1つ注目されるのはドル円のベーシスの拡大だ。背景には邦銀のドル需要の増加があると思われるが、これも要因はさまざま考えられる。
ベーシスについては、時折日経でも報道を見かける(ベーシスに関する話題が新聞で報道されること自体とても珍しいことなのだが・・・)が「ドルの調達コストが上昇している」程度の雑なコメントしか見られないので、クロスカレンシーベーシスの概念について整理しようと思う。
ドル円のベーシスとはそもそも何か。それを理解するには通貨スワップというものを知る必要がある。
通貨スワップとは異なる通貨のキャッシュフロー(元本と利息)を交換するデリバティブ取引である。金利スワップは金利のみを交換する取引だが、通貨スワップでは金利の他に元本交換が発生する。例として、ドルと円を交換する通貨スワップ取引を行なった場合のキャッシュフローを図示しておいた。

この取引は例えば、ドルの貸出をしたい日本の銀行が、円の資金を元手に、ドル資金を調達する場合に利用される。日本の銀行は円を潤沢に保有している一方、ドルは多く保有していない。その場合、通貨スワップ取引を用いることで、円を貸出して円の金利収入を得つつ、ドルの金利を支払ってドル資金を調達することが可能になる。
通貨スワップ取引で交換を行う金利は変動又は固定のいずれかであるが、そのなかで、変動金利(Libor)同士を交換する取引を特にベーシススワップと呼ぶ。例えばドルの3ヶ月Liborと円の3ヶ月Liborを交換する取引がそれに該当する。
ここでドルの3ヶ月Liborと円の3ヶ月Liborは、同じ変動金利だが必ずしも等しい価値を持つとは限らないため、金利水準の調整がされる。このドルの3ヶ月Liborと円の3ヶ月Liborを交換する場合に調整する金利をベーシスと呼ぶ。市場慣行として、ドルの金利に対して円の金利をどの程度調整すれば良いか、という観点でベーシスは表記される。ドル円のベーシスと言った場合は、下記の式の±αを指す。
ドルの3ヶ月Libor⇔円の3ヶ月Libor±α
リーマンショック以降、このベーシスはマイナスとなっており、しかもそのマイナス幅は拡大している。足許では-80bpから-90bp程度になっている。
ベーシスがマイナスという意味を簡単な数値例で示すと、
5%(ドルの3ヶ月Libor) ⇔ 3%(円の3ヶ月Libor)-1%(ドル円のベーシス)
言い換えると、
5%(ドルの3ヶ月Libor)+1%(ドル円のベーシス) ⇔ 3%(円の3ヶ月Libor)
というな状態、つまり円を貸してドルを調達しようとすると、円金利3%に対してドル金利5%+1%を支払わなければならないという意味になる。新聞報道で見かける「ドルの調達コストが上昇している」とはこのことを言っている。正確には「円資金を元手にドル資金を調達しようとした場合のコスト」とでもなろうか。
要するに為替のフォワード取引と似たようなことをやっているのだが、ベーシススワップは金利分を元本に組み入れない(当初のSpot水準で満期時に元本交換を行う)ため、金利色が強い取引になっている。そのため、短期よりも長期の取引がメインである。
このベーシスを用いた取引、また、ベーシスの拡大要因として考えられることについて、説明を行おうと思う。
これまで述べた通貨スワップ、ベーシススワップであるが、この取引は為替リスクをヘッジするための取引としてよく利用される。代表的なのはサムライ債のヘッジ取引だ。
サムライ債とは海外企業が日本で発行する円建の債券だ。一般的には、資金調達先として日本の投資家にもアクセスしたいという需要から発行される。今年は比較的サムライ債の発行需要が多かったように思う。
サムライ債を発行すると当然円資金を調達する訳だが、このまま放っておくと為替リスクをモロにかぶることになる。海外企業の会計上の換算は当然円ではなく、ユーロやドルで行われるためだ。これを防ぐためにサムライ債の発行と同時に、通貨スワップを締結し、円の調達を実質的に外貨に変えてしまうことで、為替リスクをヘッジすることがある。
これ以外に最近(と言ってももう何年も前からではあるが)では、海外の機関投資家が日本国債を購入するときに、通貨スワップを利用することが多い。
海外投資家の日本国債の保有割合はここのところ上昇しており、今では10%近くの保有主体となっている。日本国債の金利は下がり続けているにも関わらず、外人の保有比率は上昇しているのだ。なぜ年限によってはマイナス金利でもある日本国債をわざわざ外人が購入するのか、考えたことはあるだろうか。
それを解く鍵がまさにこのベーシスの存在にある。
外国人が国債を購入する際、必ず以下のような形で通貨スワップを組み合わせることになる。
外国人がもともとドルでのファンディングを行っているものとする。まず、通貨スワップによってドルを供給して円を調達する取引を行う。その円を元手に日本国債を購入するのだ。
日本国債から得た金利収入を通貨スワップでの円の金利支払に充当し、その代わり、ドル金利を受け取る。この取引を行うことによって通貨スワップのベーシス分をドル金利で獲得でき、かつ、円国債保有に伴う為替リスクも同時にヘッジできることになる。
単純にドルを用いて米国債をそのまま購入するよりも、通貨スワップを介してドル金利を獲得する方が、現状ではリターンが高い。いくら日本国債の金利が低くても、現状のドル円のベーシスの水準(5年で80〜90bp)であれば、外国人にとっては確実に収益が出る構造であるため、彼らが日本国債を買うインセンティブになっているのだ。
ベーシスの拡大はこんな取引を増加させているわけだが、ではベーシスが拡大している原因は一体何なのだろうか。これは一言で言えるほど簡単なものではないが、なかでも大きいのは邦銀のドル需要の強さ及び通貨スワップを介したドルの出し手の減少ではないだろうか。
国債の金利がほとんど取れないなかで、邦銀は海外での運用収益獲得に躍起になっている。特に利上げが開始されたドルでの運用・貸出によって稼ごうという姿勢はかなり明確であるため、邦銀のドル需要は以前にも増して強いものとなっている。ドルの需要が強ければ、ドルでの調達金利上昇、すなわちベーシスの拡大という現象を引き起こす。
加えて、通貨スワップ市場でのドルの出し手については、以前は外国の投資銀行が中心となっていたが、現在はバーゼルⅢ規制が強化された関係で、エクスポージャーの比較的大きい通貨スワップを介したドル供給が減少している可能性がある。
ベーシスが一向に縮小する気配を見せないのは、これら2つの要因が重なっている可能性がある。規制による流動性の枯渇はこんなところにも現れているのかもしれない。
「金融・経済の仕組を解きほぐすブログ」より
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