備忘録
- マサチューセッツ大学のウルフ教授は、IT化によって生産性は上がっているのに、急激な社会の変化の中でなぜ自分の給料は上がらないのかをほとんどの労働者は分からず、自分自身を責め、自己尊厳の念を失っているという。そのフラストレーションを友達や家族に向ける人たちは、人間関係を不快なものにさせていく。その困難の矛先を移民や他のグループに向け、社会不安の要因ともなっている。
- これほど極端な富の偏在は2000年以降にみられるものである。2002年から2007年にかけての米国における所得集中の異常な加速は、規制緩和によって不動産や金融業界の利益の急増によって押し進められた。2008年の世界同時金融危機は、主として規制緩和された金融界が狂乱を演じた結果とされている。不動産や金融業界のバブルが2008年の金融危機を引き起こし、そのため多くの米国人が未だにその影響に苦しんでいるのである。
- スティグリッツは、ブッシュ政権の政策は2008年の金融危機の解決策として、富裕層向け減税を行うことにより米国の財政を一層弱体化させ、ウォール街の特殊利益を優先する「企業温情主義」の政策をとるなど、正しい政策を阻んでいると述べた。米国政府がまずなすべき事は、ローン返済に行き詰まった人が担保の住宅を失うのを防いだり、失業者を支援したりすることだと主張したが、取り上げられることはなかった。
- 日本が米国と同じような金融危機に陥らなかった理由は二つ考えられる。一つは日本の制度に特有の制度の膠着性、つまり簡単に変わりにくい性質を持っていたという点、第二には金融工学が米国ほどには発達していなかったという点だ。日本はいわば周回遅れだったために、先頭の走者が倒れても自分にあまり影響がなかったという皮肉な幸運のめぐりあわせであって、あまり威張れる性質のものではない。また、日本の終身雇用制を中心とした長期雇用の慣行や、成果主義を取り入れたにしても、未だ基本的には年功序列制の慣行のおかげで、米国ほどには格差の問題が極端にはならなかった。
- 戦後、米国の影響で徹底的な自由競争を推進させてきたが、それでも協調に基づいた諸慣行は続けられ、競争と協調の絶妙なバランスが保たれ、今日に至ったからである。年功序列制や終身雇用制、生産性の三原則に代表される労使協調、そして政府の産業政策などは、協調を促進し、競争を抑圧する制度だった。
- ところが1989年から1990年にかけて、バブルがはじけて、日本人は自信を失い、あらゆる日本の慣行が米国からの諸慣行に取って変えられた。リストラが行われ、成果主義が導入され、非正規社員雇用が合法化された。4割もの非正規社員、所得の減少、結婚できない若者、人口の減少、企業の衰退、従業員の会社に対する忠誠心や勤労意欲の低下、など負の連鎖が、確実に始まった。これらが特別の事ではなく、日常となってしまった。かくして、失われた10年は失われた20年になろうとしている。
- 日本にはあまりにも多くの規制があり、企業家精神を発揮する環境を阻害している。しかし、規制緩和イコール競争状態の推進と考えられている現状に異議を唱えている。より少ない資源を最も効率よく活用するためには、協調によってグループを形成し、より大きな競争に対峙するための競争力をつけていかなくてはならない。
- 2009年度のGDPの中で、農林水産業の占める割合は1.4%であり、農業に限ると1.1%となる。議論のために、経済面だけに焦点を絞り極論すると、農業を放棄し、輸出産業、運輸・通信業、卸売・小売、建設業、サービス業など、ほかの日本の競争力のある分野において、関税面で不利な扱いを受けずに、海外に打って出るとするならば、1%どころか数%の雇用を生み、国内総生産も増加し、農業で失うものを補って余りあることになるだろう。日本の経済は大きな成長を遂げる可能性がある。
- 全農家数が1985年から2009年までの間に6割も減少している。しかも2009年に現存する農家のうち、専業農家はその4分の1にも満たない。全農家の4分の3である兼業農家は、日本がTPPに参加することによって、むしろ雇用の機会は増え、所得も増える可能性がある。兼業農家は多くの保護を必要としないと思われる。
- 1985年と2009年を比べると、農家人口も農業就業人口も半分以下になっており、さらにショッキングなことは、男性では働き盛りの15才から59才の割合は1985年の120万人から30万人と4分の1になっていることである。しかし、60才以上の農業就労者は減少度合いがずっと緩やかである。つまり工場や商業施設で会社の従業員として雇用されている人々は、そちらで働き、家庭の主たる所得獲得者は農業に従事していない。農業全体としては、すでに競争力を失っているのである。
- 販売農家の半数弱が稲作農家であり、95%が年収300万円以下である。つまり、ほとんどの農家は農業を専業として経済的に継続していくことがそもそも困難である。これはTPPに参加する以前の問題であり、これらの農家は兼業農家としてのみ生存が可能と考えられる。
- 稲作農家の95%が規模が小さく、収入も少なく、そもそも専業農家として存続することはできないグループである。つまり、稲作の専業農家であるためには、最低でも20ヘクタールは必要というような条件を法的につけるべきである。このような条件をつけても、完全に国際競争で生き残るのは困難な状況であろう。
- 水稲では65才以下の専従者のいない農家が76%にもなっている。TPPがあろうとなかろうと、これらの耕作地は早期に放棄されることになろう。地域的にみると、東海、近畿、中国・四国、九州・沖縄では、約3分の2の水田は65才未満の農業従事者がいない。以前にも示したように、生産費が手取り価格を超えている農家の割合は98%に及び、米価が生産費を上回り米作りが生産として成り立つのは、広い耕作地を持つと考えられる北海道だけなのである。
- 日本の農業はもはや、TPPに参加するかどうかで壊滅的な打撃を受ける段階ではないことが分かる。ずっと以前にその競争力は失われていたにもかかわらず、なるに任せてきたのである。酪農や肉用牛などは厳しい競争を強いられる可能性がある。つまり、TPPの参加に際して、すべての農家が一律に特別の保護が必要とはされない。徹底的に分析することにより、問題を絞りこんできめ細かい政策を取ったならば、TPPをかなり受け入れやすい状態が出てくるように見える。
- 農業が真に国民にとって大事であるというコンセンサスが得られるならば、当低無理な競争を強いるのではなく、TPP参加によって得られた増加利益を農業の真に必要な部分に再分配するべきである。TPP参加を望む99%はその程度の覚悟を持って1%を援助すべきである。
- 日本は米国を中心としたグループに属するのか、中国を中心としたグループに属するのかという問題である。そして日本は両方に属し、両方を天秤にかけ、その均衡の上に国益を最大にすることを考えなければならない。日本がどちらに軸足を置くかによって、東アジアにおけるパワーバランスは著しく異なった結果となるため、日本がTPPに参加の検討を始めると表明したと同時に、中国は東アジアのFTAにインドが加盟することに難色を示していたのが、それを容認するかの姿勢を見せ始めている。日本は今までにないバーゲニング・パワーを手に入れたのである。今、ASEANプラス6を合意しなければならない。これ以上の交渉力のある時期は訪れないであろう。
- 日本の国益を守り日本の主張を貫き通すためにも、ASEANプラス6という強力な通商同盟を築くべきだ。
『日経ビジネスオンライン』より
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